SOHO

もくじ
いろいろな話題
SOHO
SOHOのおすすめ
試行錯誤日記
リンク
本やソフトの検索
サーチ:
Amazon.co.jpアソシエイト
SOHOのおすすめ
こんにちは、案浦(あんのうら)です。私が何故独立して、どのようにやってきたかを、書きたいと思います。書き加えながらなので、順不同です。暫くは内容がスカスカですが、また見に来ていただければ、充実していると思います。
197?年
学生の頃から物作りは好きだった。プラモデルやオーディオはもとより何でも作った。パーソナルコンピュータというのにのめり込んだのは言うまでもない。
1985年
九州日本電気ソフトウェアに勤務して6年、今と違って顧客の業務に興味がわかないので、汎用機の開発は苦痛以外の何ものでもなかった。端末系には強かったので、いろいろな業種をまわっていた。ITOS, NTOS, PTOSというNEC独自のOSを中心に、社内のサポート役に回っていた。そんな時、独立の話が舞い込んだ。NTOS系のサポートである。どちらにしても、アップルしか頭になかったので、「とりあえず、1年くらい働いてMacをするか」という安易な考えだけで、話を受けてしまった。1985年9月30日を最後で退職の覚悟をしたのである。しかし、独立したのは良いが仕事がない。日本電気系の仕事は受けられないので、日立系の仕事をすることになる。
1986年
アップル社からはMacはもう登場していた。どう考えても操作性は天と地との差だ。もともとAppleIIユーザだったので、アップルの先進性に心奪われていたのだ。これからは、アップルの時代と勝手に考え、東京のアップル社に乗り込んだ。汎用機のシケた画面ではなく、Macのようなコンピュータで動くソフトを開発したかったのだ。当時は、漢字Talkの開発者ということで、ジェームス比嘉さん、大座畑重光さんと始めてお会いした。当時のアップルの風土は個人でも会社でも実力ある人は大歓迎と言うところであった。色々な機種のインターフェースに興味があった私は、「8インチFD」と「汎用機の端末エミュレータ」のアイデアを持ち込んだ。既存のコンピュータと互換がないことが最大の欠点だと考えたのだ。


If you have any questions please contact koji@annoura.com
Copyright(c) 1998-2003 Koji Annoura All rights reserved.